食品添加物科学ガイド

食品添加物の安全性評価におけるリスク評価とハザード評価の違い:科学的アプローチの基礎

Tags: 食品添加物, 安全性評価, リスク評価, ハザード評価, 科学的根拠

食品添加物の安全性評価におけるリスク評価とハザード評価の違い:科学的アプローチの基礎

食品添加物の安全性について調べる際に、「リスク」や「ハザード」といった言葉を目にすることがあるかもしれません。これらの言葉は日常会話では似たような意味で使われることもありますが、科学的な安全性評価の分野では、明確に異なる概念として区別されています。

特に、食品添加物の安全性を科学的に評価するプロセスにおいて、ハザード評価とリスク評価は重要なステップです。これらの違いを理解することは、食品添加物に関する情報を正確に読み解き、その安全性を科学的な視点から判断する上で非常に役立ちます。

本稿では、食品添加物の安全性評価におけるハザード評価とリスク評価それぞれの定義、違い、そして安全性評価全体の中でどのような役割を果たしているのかについて解説します。

ハザード評価とは何か

ハザード(Hazard)とは、「危険源」や「危害要因」と訳されます。食品添加物におけるハザード評価とは、その物質が持つ潜在的な有害性を特定し、どのような健康影響(毒性)を引き起こす可能性があるのかを科学的に調べるプロセスです。

具体的には、動物実験や細胞を用いた試験、疫学調査などの科学的なデータに基づいて、食品添加物がどの臓器に影響を及ぼす可能性があるか、どのような種類の毒性(急性毒性、慢性毒性、発がん性、生殖毒性など)を示す可能性があるかなどを評価します。この段階では、「どれくらいの量を摂取したら危険か」という量的な側面よりも、「どのような危険性があるか」という質的な側面に焦点が当てられます。

ハザード評価は、その物質が本来持っている性質としての「有害性」を明らかにすることを目的としています。例えば、特定の食品添加物には、過剰に摂取した場合に特定の臓器に影響を与える可能性がある、といった有害性が特定されることがあります。これは、その物質がその有害性を持つ「ハザード」であるということです。

リスク評価とは何か

一方、リスク(Risk)とは、「危害が発生する可能性とその程度」と定義されます。食品添加物におけるリスク評価は、特定されたハザード(潜在的な有害性)が、実際に人々が食品添加物を摂取する状況において、どの程度の確率で、どの程度の重篤さで健康被害を引き起こす可能性があるかを定量的に評価するプロセスです。

リスク評価は、以下の4つのステップから構成されることが一般的です。

  1. ハザード特定 (Hazard Identification): その物質がどのような健康影響を引き起こす可能性があるか、ハザード評価によって明らかにされた情報を収集します。
  2. ハザード特性評価 (Hazard Characterization): ハザード特定で得られた情報に基づき、有害影響と摂取量との関係などを評価します。具体的には、無毒性量(NOAEL)や最小毒性量(LOAEL)などを設定します。これは、どれくらいの量を摂取しても有害影響が観察されないか、あるいは有害影響が現れ始める量を科学的に推定する作業です。
  3. ばく露評価 (Exposure Assessment): 人々が実際に食品添加物を食品からどの程度摂取しているか、あるいは摂取する可能性があるかを推定します。平均的な摂取量や、高摂取者の摂取量などを推計します。
  4. リスク特徴付け (Risk Characterization): ハザード特性評価で得られた情報(どれくらいの量で有害影響が出るか)と、ばく露評価で得られた情報(実際にどれくらい摂取しているか)を組み合わせ、「危害が発生する可能性とその程度」を評価します。例えば、実際の摂取量が無毒性量と比べて十分に低いかどうかなどを判断します。

リスク評価は、単に物質の有害性を調べるだけでなく、現実の摂取状況を考慮に入れて、実際に健康被害が生じる可能性がどの程度あるかを総合的に判断するプロセスです。

ハザードとリスクの決定的な違い

ハザードとリスクの最も重要な違いは、ばく露(Exposure、物質にさらされること)の概念を含むか否かです。

たとえるなら、ハザードは「毒を持つヘビ」そのものです。ヘビは毒を持っているというハザード(潜在的な有害性)を持っています。一方、リスクは「その毒を持つヘビに噛まれる可能性と、噛まれた場合の危険性」です。もし毒を持つヘビが安全な檻の中にいて、人が近づかない場所にいれば、ハザード(ヘビの毒性)は存在しますが、人が噛まれるリスクは非常に低い、あるいはゼロになります。

食品添加物の場合、ハザード評価でその物質が持つ有害性が明らかになっても、実際の食品に含まれる量が非常に少なく、人々の摂取量が安全なレベル(例えば一日摂取許容量ADIなど)以下に管理されていれば、リスクは十分に低いと判断されます。

安全性評価におけるハザード評価とリスク評価の位置づけ

食品添加物の安全性評価は、主にリスク評価のアプローチに基づいて行われています。評価機関は、まず食品添加物のハザードを特定し(ハザード評価)、その有害性に関する様々な科学的データを詳細に評価します(ハザード特性評価)。次に、その食品添加物がどのような食品に、どの程度の量で使用されるかを考慮し、人々が実際にどの程度摂取するかを推定します(ばく露評価)。最後に、これらの情報を統合し、現在の使用基準や想定される摂取量において、消費者の健康に悪影響を及ぼすリスクが無視できる程度に低いかどうかを判断します(リスク特徴付け)。

そして、このリスク評価の結果に基づいて、食品添加物の使用の可否や、使用できる食品の種類、最大使用量などが規制当局によって決定されます。一日摂取許容量(ADI)も、ハザード特性評価で得られた情報に基づき、リスク管理のために設定される重要な指標の一つです。

まとめ

食品添加物の安全性評価において、ハザード評価は物質が持つ潜在的な有害性を明らかにすること、リスク評価は現実の摂取状況を考慮して健康被害の発生する可能性とその程度を定量的に評価すること、という違いがあります。ハザードが存在するからといって、必ずしも高いリスクがあるわけではありません。科学的な安全性評価は、このハザードとリスクの違いを明確に区別し、ばく露の状況を踏まえたリスク評価を行うことで、食品添加物の安全な使用を確保しています。これらの概念を正しく理解することは、食品添加物に関する情報を冷静に判断する上で非常に重要です。