食品添加物科学ガイド

食品添加物の一日摂取許容量(ADI):その定義、評価方法、そして意味するところ

Tags: 食品添加物, 安全性, ADI, 評価方法, 科学的根拠

はじめに:食品添加物の安全性とADI

食品添加物は、食品の製造や加工において、品質の保持、風味や外観の向上など、様々な目的で使用されています。その安全性については、多くの関心が寄せられています。食品添加物の安全性を科学的に評価する上で、非常に重要な指標の一つが「一日摂取許容量(ADI: Acceptable Daily Intake)」です。

このADIとは具体的に何を意味するのか、どのようにして決定されるのか、そして私たちの食生活においてどのように捉えるべきなのかについて、科学的根拠に基づいた視点から解説いたします。食品添加物に関する正確な情報を求める方々、特に情報発信に携わる方々にとって、ADIの理解は不可欠であると言えるでしょう。

一日摂取許容量(ADI)とは何か? 定義と目的

一日摂取許容量(ADI)は、国際連合食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)によって設立された合同食品添加物専門家会議(JECFA: Joint FAO/WHO Expert Committee on Food Additives)によって導入された概念です。これは、食品添加物や残留農薬などの化学物質に対して設定される指標であり、「人が一生涯にわたり毎日摂取し続けても、健康への悪影響がないと推定される一日あたりの許容量」と定義されています。

このADIは、体重1kgあたりの量(例: mg/kg体重/日)として示されます。例えば、ある食品添加物のADIが0.1 mg/kg体重/日であれば、体重50kgの人が毎日5mgまで摂取しても安全であると推定される、という意味になります。

ADIの目的は、食品中に含まれる化学物質が、長期的に摂取された場合にヒトの健康に及ぼす影響を評価し、安全な摂取量の上限を示すことにあります。これは、過度に食品添加物を恐れるのではなく、科学的に安全性が評価された量に基づいて、適切な使用や摂取を判断するための重要な基準となります。

ADIはどのように決定されるのか? 安全性評価のステップ

ADIは、安易に決められるものではなく、厳格な科学的評価に基づいて慎重に設定されます。そのプロセスは、主に以下のステップを経て行われます。

1. 毒性試験の実施

まず、対象となる食品添加物について、様々な毒性試験が行われます。これには、動物を用いた急性毒性試験、亜急性毒性試験(短期間)、慢性毒性試験(長期間)、発がん性試験、生殖発生毒性試験、遺伝毒性試験などが含まれます。これらの試験は、対象物質を様々な量で動物に投与し、健康への影響(毒性効果)が現れるかどうか、どのような影響が現れるかなどを詳細に調べます。

2. 無毒性量(NOAEL)または参照量(RfD)の設定

毒性試験の結果を詳細に分析し、対象物質をどれだけ摂取しても全く毒性影響が現れなかった最大の量を見つけ出します。この量を「無毒性量(NOAEL: No-Observed-Adverse-Effect Level)」と呼びます。もし明確なNOAELが得られない場合でも、毒性影響が現れ始めた最小の量(LOAEL: Lowest-Observed-Adverse-Effect Level)などから参照量(RfD: Reference Dose)を設定することがあります。これらの値は、動物試験で得られたデータに基づいています。

3. 安全係数(不確実性係数)の適用

得られたNOAELや参照量は、動物試験で得られたデータです。これをヒトへの安全な量に換算するために、「安全係数(不確実性係数)」と呼ばれる係数を適用します。一般的に、NOAELを100で割るという方法が用いられます。この安全係数100は、主に以下の二つの不確実性を考慮しています。

したがって、10倍 × 10倍 = 100倍の安全係数が適用されるのが一般的です。これにより、動物試験で得られたNOAELの1/100の量が、ヒトが一生涯摂取しても安全であると推定されるADIとして設定されます。ただし、物質によっては、データの質や不確実性の程度に応じて、100以外の安全係数(例: 10倍、500倍など)が適用される場合もあります。

ADIが意味するところ:実際の食品摂取における考え方

ADIは「一生涯毎日摂取し続けても安全と推定される量」です。これは、ある一日にADIを超過してしまったからといって、すぐに健康被害が発生するということを意味しません。ADIは慢性的な影響を評価するために設定された指標であり、一時的な大量摂取による急性毒性とは考え方が異なります。

また、食品添加物の実際の摂取量は、国や地域における食品の消費パターン、特定の食品添加物の使用基準、個人の食習慣などによって変動します。公的機関(日本では食品安全委員会や厚生労働省など)は、国民全体の食品添加物摂取量を調査・評価しており、多くの食品添加物において、実際の平均的な摂取量がADIを大きく下回っていることが報告されています。

ADIを下回っていれば安全であると推定されますが、だからといって無制限に使用・摂取して良いということではありません。各国で使用基準が定められているのは、安全性の確保と、必要最小限の使用にとどめるという観点があるためです。

ADIに関する補足事項

まとめ:科学的根拠に基づいたADI理解のために

一日摂取許容量(ADI)は、食品添加物の安全性を科学的に評価し、ヒトの健康に悪影響がないと推定される量を定量的に示すための重要な指標です。これは、動物試験に基づいた無毒性量に、種差や個人差を考慮した安全係数を適用することで算出されます。

ADIは、私たちが食品添加物と適切に向き合うための科学的な基準を提供してくれます。ADI以下であれば、一生涯毎日摂取しても安全であると推定される量であり、過度な不安を感じる必要はありません。同時に、ADIはあくまで目安であり、各国で使用基準が定められていること、また複合摂取など未解明な点も存在する研究分野であることを理解しておくことも重要です。

食品添加物に関する情報を得る際には、常に科学的根拠に基づいた信頼できる情報源を参照し、ADIのような科学的な指標の意味するところを正しく理解することが求められます。これにより、正確な知識に基づいた、冷静で合理的な判断が可能になります。